明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。 本年も変わらぬお付き合いをよろしくお願いいたします。 皆様にとって良い一年となりますように。 1972年8月、高校1年生だった私は、山梨県甲府市郊外の川原で開催された「あしのこ学校」というサマーキャンプに参加していました。流れる清流は富士川の「源流」のひとつで、大きな石がゴロゴロ転がっていたのを覚えています。 夜の過ごし方が独特でした。夕食が済み辺りが闇に包まれ始めると、テントとテントの間のスペースにランタンが吊るされます。100人を超える若者が6〜7人ずつのグループに別れて、あちらこちらの灯の下に集まるのです。 そこで行われたのは、TKJ法という手法を使ったディスカッションでした。TKJ法は川喜田二郎氏の友人であった小林茂氏がKJ法をもとに開発したもので、トランプゲームのように楽しみながら進行していきます。 その夜、私たちに与えられたのは「本当に信頼し合うにはどうしたらいいか」というテーマでした。7時から始まったディスカッションは白熱し、気がついたら真夜中になっていました。1つのテーマについてこんなに深く話し合ったのは初めての経験でした。 後に知ったのですが、ソニーの常務取締役でソニー学園の校長でもあった小林茂氏が、厚木工場での取組から効果を確信したTKJ法を、教育に活かそうという試みが「あしのこ学校」だったのだそうです。 一人一人を大切にするということ、主体性を引き出すことの意味、人を生かすとはどういうことか、個人発想とチーム発想の組合せの可能性、そして、教え込むのではなく気づかせるという手法(ワークショップ)の威力…等々。今、私が取り組んでいることの多くがそこにありました。 はるか50年前、全国各地から集まった高校生や大学生たちと一緒に過ごした5泊6日のキャンプ生活は実に衝撃的なものでした。坂本徹の重要な「源流」のひとつは「あしのこ学校」に他なりません。 [2022.1.1 坂本 徹] 詩集『影の縫製機』に出会いました。『はてしない物語』や『モモ』で有名なミヒャエル・エンデの詩集です。エンデの詩集があることを、恥ずかしながら知りませんでした。その中で心にとまったのが「道標(みちしるべ)」です。 “道標は迷ったわたしを目的の場所に導いてくれる。なのに当の道標は指し示すその場所に行くことはないし、知ることすらない。人生も同じ、必要な時にそこに道標があることに気づき、わたしに行くべき方向を示してくれる。そしてこの道標を、時がたってからふと思い出すことがあるだろう”という内容の詩で、原語では韻をふんで美しいのだろうと思います。 人生の岐路で出会うもの、それはある人物かもしれないし、歌、本、映画、絵画、言葉…私たちはそれを“道標”として行くべき道を決めているのだなぁと思うのです。“道標”となった人や本の著者、歌の作者あるいは歌手、映画をつくった人や画家は、もしかしたら導いた人のことなど知らないし導かれた人がどこに辿り着いたかも知らないままです。道標はただ“道標”としてそこにあるもの。すでに「行く先を知っている人には目にも入らないかもしれない」もの。 そうか、人生の道標は迷った人が「これぞ道標」と決めるものなんですね。だから必ずしも明るい未来へと導くものばかりではないのが怖いところで、そう考えるとできるだけ明るく優しい言葉を紡ぎたいと思うのです。こうして広い世界に発信するなら尚更のこと。 [2021.12.01 Y.Ohtaka] 平成28年4月、青森県総合社会教育センターの所長として2年目を迎えた私は、「毎週金曜日の午後は職員室での仕事を禁止する!」と宣言しました。多くの時間をパソコンと睨めっこしている職員たちの働きぶりに疑問を感じたからです。 問題は2つありました。一つは、事業の「遂行そのもの」に執心し過ぎることです。滞りなく進めることは大切ですが、貴重な時間を遂行に費やして、本来の意図や目的を見失っては本末転倒です。もう一つは、ネットに依存し過ぎていることでした。刑事や新聞記者と同様、社会教育も自分の足で現場を訪ねなければ本質を掴むことはできません。 戸惑っていた職員たちも次第に真意を理解して行動するようになりました。1週間分の新聞にじっくり目を通す者、県立図書館で調べ物をする者、「会議」ではない話し合いをするグループ。小学校や保育所、カルチャーセンターなど、それぞれの事業と関連する所へ情報収集に出かける者。 かつて、HP(ヒューレットパッカード)には、金曜日の午後に「10%タイム」というスペシャルな時間が存在しました。エンジニアたちは通常の業務から解放され、それぞれに自分のアイディアに取り組むのです。必要な材料や機材は会社の物を自由に持ち出して良かったそうです。そこから数々の画期的なイノベーションが生まれました。また、3M(スリーエム)の「15%プログラム」がポストイットを生み出し、Googleの「20%ルール」からはGmailをはじめとする多くのプロダクトが生まれたのも有名な話です。 私の試みはこれに倣ったものでした。今は制度として続いてはいませんが、職員たちの働き方に少なからず影響を与えたことは確かなようです。曜日や時間を設定しなくても「クリエイティブな時間」を自分の中に持ち続けて欲しいし、私自身もそうしていこうと思います。 [2021.11.1 坂本 徹] ※ 写真の「スタート」は私とO副所長のクリエイティブな時間の作品です。「ゴール」や矢印もあります。 ネットで見つけた子育て中のお母さんの投稿「落ち着きがない我が子にハーネスを着けて外出中、見知らぬ青年に『子供と手をつなげば良いじゃないですか。可哀想だと思わないんですか⁈』と咎められた。自分は、ハーネスは子供を守る物と考えて使用しているのに、何かモヤモヤ」をきっかけに、元養護教諭で子育てに造詣が深いMakiさんと“正しいことってなに?”をテーマに話をしてみました。 投稿に登場する青年は純粋に“子供が可哀想だ”と思い、相当勇気を出して声がけをしたのでしょう。ちっとも悪くない。一方で“子供を守る物”としてハーネス(正規品として可愛い商品になっています)を使用しているお母さんもちっとも悪くない。私の子供も相当落ち着きがなかったので、気持ちはすごくよく分かります。誰も悪くないし、皆正しい。 Makiさん「私もね、若い頃はよく腹をたてて『ねえ、私間違ってないよね⁈』と言っていたの。すると母はね『正義は人をジャッジするもではないの。正しいことは人をすごく傷つけるものだから、言葉にするときは相当気をつけなさい』って。それでさ、子育てが全てではないけれど、少なくとも子供を育ててみると“世の中理屈じゃないなぁ”ってことが実感としてよく分かるよね」 おお!哲学者のような素晴らしいお母様! 世の中は“正しい”情報に満ち溢れています。裁判所ならともかく、日々を生きて行く中では、それはもろ刃の刃でもあることにどれだけの人が気づいているでしょうか。人を傷つけずひいては自分も楽に生きるには、少しでも多くの体験を積み常に柔軟な聞く耳を持つ以外にないわと、この頃強く思うのです。 Makiさんは続けます「子育てに限らず、“べき”は“べき”。その通りやるのは難しい…だって人間なんだから。ただね、本来のことを知っていると、できなくても正道に戻ることはできるからね」なるほど。 正しいと分かっちゃいるのになかなか出来ない、それが・・・“人間”なんだ。と“あいだみつを”も言いたかったのね。 [2021.10 OHTAKA] 定年退職後、私は再就職という道を選択しませんでした。幾つかの大学や企業から声をかけていただきましたが、大学教授や会社役員という仕事は当然のことながら常勤であり、自由になる時間は土日だけになってしまうからです。もちろん生計についても考えなければなりませんでしたが、贅沢をしなければ何とかなるだろうと思いました。 現在の私の生活は、①レスタ、キャリサポ、チャレンジチームなど高校生や大学生の育成、②チャレンジ先生のエンジョイ講座、ヒューマンライブラリーなど生涯学習関連の講座やイベント、③心の窓、サニーヒルなど教育相談や不登校支援…の3つが柱となっています。いずれも無報酬ですが「ライフワーク」と思って自ら主体的に取り組んでいるものです。 近況を尋ねる何気ない問いかけなのでしょうが、「何か仕事はされているのですか」と訊かれる度に私は返答に苦慮していました。現職時代であれば所属や職名を答えればよかったわけなのですが…。たいがいは「特に仕事はしていません」と答えていました。「報酬を得てないのだから仕事ではない」という意識が自分の中にあったからです。 仕事でないとしたら私がしているのは何なのでしょう。趣味でしょうか、それとも道楽かな。ボランティアという意識もありませんでした。仕事って何だろう、報酬って何だろうと考える日がしばらく続きましたが、最近ようやく、自分のやっていることを「仕事」と認知するようになりました。なぜなら、お金以上に貴重な報酬をいただいていることに気がついたからです。 今は仕事を問われたとき、「高校生や大学生と一緒に活動したり、生涯学習関連のイベントをしたり、不登校支援の相談などをやっています」と答えています。 [2021.9.1 坂本 徹] 突然のカミングアウトではありますが、私の生まれは東京オリンピックイヤー。ちょうど開会式の1ヶ月前に産声をあげました。当然赤ん坊の私が東京オリンピックを覚えているわけはありませんが、ブルーインパルスが描いた五輪のシンボルマークとか、東洋の魔女と騒がれた女子バレーボールなど、その後のテレビ紹介で記憶に焼き付きました。 さて、今回の東京オリンピックは印象的な招致のプレゼンが話題となり、日本がオリンピックに向けて一気に盛り上がると思いきや、メインスタジアムの設計変更から始まり、コロナによる延期、委員長の交替やら何やら、極め付けは開催自体の賛否両論と、随分問題を抱えての開催でした。 それでも始まってみると、毎日気になって仕方がない。だって競技は実際に行われているんだもの。 先日、卓球の混合ダブルスで日本が中国ペアを破り悲願の金メダルをとりました。負けた中国ペアは、自国のメディアインタビューでかなり責められたと記事にあり「頑張ったのに気の毒に、やっぱり社会主義の国は厳しいね」と思った人も多いのではないでしょうか。でも少し前までの日本もそれほど変わらない感じでした。選手は“国”を背負って、何か悲壮感すら感じられたものです。入場は一糸乱れず折り目正しく「オリンピックを楽しむ」なんて言ったら叱られる雰囲気がありました。 最近では、日本の選手も開会式の入場から自由で本当に楽しんでいる様子が伝わってきます。競技でも勝てばストレートに喜びを表現するし、負けた時の悔しさには悲壮感は感じられません。本当に自分のために、好きだからスポーツに打ち込んでいる様子が伝わってくるので、見ている私たちも一緒に一喜一憂できるのだと思います。これぞ“共感”です。 それに競技とは別に、選手同士の交流とかオリンピック村の様子などのニュースも結構私は好きです。こんなコロナ禍で開催された“特殊な”大会ではあるけれど、やっぱり色々な意味で国を超えた心の交流がオリンピックにはあるんだなと改めて実感しているTokyo2020です。 [Y.Ohtaka 2021.8.1] 明日、三つ巴の会の例会が開催されます。今回のテーマは「三ツ友恵」の神髄を探ること…ということにしておきます。
三ツ友恵は、青森を代表する銘酒である陸奥八仙、田酒、豊盃の3蔵が、それぞれが契約栽培している米のレイメイ、古城錦、豊盃をトレードして、三者三様に醸したものです。9種類がどんな味に仕上がっているのか楽しみですが、普段ライバル関係にある3蔵が協力してこういうプロジェクトに取り組むということ自体も興味深いですね。 三つ巴の会のメンバーはK氏とM氏と私。日本酒好きが共通点の3人で、職場や生活スタイルは異なりますが、時折、一緒に何かをやらかす仲間です。子供たちの未来を考えるネットワーク会議の世話人、青森の魅力発信プロジェクト・チャレンジチーム活動の世話人、パワフルAOMORI創造塾卒塾生の世話人などなど。ここで言う「世話人」とは、頼まれてもいないのに勝手に動いて、自分たちも楽しんでしまう人種のことです。 それぞれ、仕事、家庭、趣味など独自のフィールドを持っているわけですが、たまには一緒に地域活動に身を置いてみるのも一興です。人づくりだとか、町おこしだとか、そんなたいそうなことは考えていません。私たちの場合、「面白そうだからやってみようか」か「大変そうだけどやってみようか」から始まります。 3人が揃うと何かしらのアクションが起こります。誰が何を言い出すか、次は何が待っているのか、ワクワク感がたまりません。「三ツ友恵」を飲みながら「三つ巴」の神髄を探るなんて、ずいぶん高尚なことのように聞こえますが…。まあ、はっきり言うと三つ巴の呑兵衛ということです。 [2021.7.1 坂本 徹] 私は本当に運動をしない。日常生活や仕事で必要であれば動く方ではありますが、運動をする目的で体を動かすなんてあり得ない!家から500mもないスーパーまで、当然のように車で行く人です。
それが1年ほど前、何を思ったか(きっかけは自分でも思い出せない)5キロ離れた事務所まで歩いてみることにしたのです。 最初は自転車通勤を試みましたが、雨が降ればとても不快、ちょっとした坂道やでこぼこが意外とストレスで、1ヶ月程で止めてしまいました。そして試しに歩いてみたら、鳥の声、家々の花、風の香りに心癒され、発見がそこら中に転がっているし、雨が降っても意外に自転車よりは不快感がないことに気がつきました。週2回程度のペースですが、この徒歩通勤は続きました。 そのうち誘われて走ってみることになりました。ある程度歩ける自信がついていたので、こんな誘いにも乗る気になったのでしょうか。いやいや、私どうしちゃったんだろう。 走ってみるとやっぱりツラかった!ただ、ツラいけれどなんか気持ちいい。何!?この爽快感、達成感!たった300mなのに。 走る距離は少しずつ増えていき、今では週2〜3回、最低5キロずつは走れるようになりました。走らなかった頃はランニングする人がなぜ走るのか理解できなかったけれど、そして今も分からないままだけれど、ただ駆り立てられるような気持ちに後押しされて走っています。天候の良い日には、走りそびれると何か損した気分になるなんて、こんな私を1年前に想像したかしら。 幾つになっても、出来なかったことが出来るようになると無条件に嬉しいものです。ただびっくりしたのは、この程度走れるようになったくらいでものすごく自信がついたこと。この自信は、自己肯定感とか社会的な自信とは明らかに違った自信。いわば生物学的な、“生き抜いていける自信”とでも言いましょうか。体力的に自分の限界を知っていることが、これほどの“自信”に繋がるとは・・・思ってもみませんでした。 今の私、山で置き去りにされても動揺しないかも。 [Y.Ohtaka 2021.6.1] 青森の春は一気にやってきます。つい先日まで雪に悩まされていたのが噓のように、あちらこちらから花の便りが届きます。福寿草、水仙、水芭蕉、カタクリ、椿、りんご、ツツジ、菜の花と続きます。そして、何といっても桜!ですね。鮮やかな彩で春の喜びを運んできます。日本各地に桜まつりはありますが、青森ほどに盛り上がるところを知りません。春を待ちわびた人々と満開の桜の競演は爆発的です。(残念ながらコロナの影響で今年も小爆発ですが)
日陰に残っていた雪がようやく消えて、我が家の庭にも遅い春が訪れました。元々の地目が「山林」であった所で、様々な植物が自生しています。フキ、ゼンマイ、ノビル、ヤマウド、ヨモギ、キイチゴ、カッコナ、アサツキ、ニラ、ギョウジャニンニク。他にも、種が溢れるなどして野生化した、シソ、ミツバ、イチゴ、ミョウガ、キクイモ、ヤグラネギなどが芽を出し始めました。 桜のような華やかさはありませんが、雑草と競うように成長する姿は実にエネルギッシュです。水やりはしないし耕しもしません。肥料を施すこともなく放っておいても、春になると当たり前のように芽を出します。そんな野生児たちに、ことさら力強いパワーを感じるのは、私に命を与えてくれる「食べられる野草」だからでしょうか。 単に食いしん坊だからなのかもしれません。でも、丹精込めて育てられる畑の野菜と違って、雑草と同じように勝手に育ち、命を繋ぎ、命を与える。こんな生き方もいいな…ふと、そう思いました。 [2021.5.1 坂本 徹] 私は空港が好きです。明るくて華やかで、何よりそこから広い世界へ通じる入口というイメージが強いからです。それは規模の大小に関わらず、同じ意味で駅も好きです。
ところが先日そんな話をしたら、友人は「え!何と!空港に華やかさを感じたことは一度もない。むっちゃ機械的で人工的で無機質で・・・」と答えました。感じ方は人それぞれ違うのは当たり前のことなのに、その時驚いた自分に驚きました。あの華やかさと明るさは、誰もが感じるものだと思っていた自分に。 上記の友人は世界何カ国も旅している人です。同じく仕事でよく空港を利用する娘に聞いたら「よく使うようになったら、機械的で人工的で無機質で・・・っていう感覚分かる。あまりハッピーなイメージはないかも」と言います。昔は空港に憧れて、管制官になりたいと言っていた娘です。 ものに対するイメージは、その人の立場や取り巻く環境で変わります。 私は古澤巌というバイオリニストが好きで、よく聴いています。ジャズもクラシックも弾きこなし、なんとも言えない妖艶な音が私を魅了するのです。音楽って人の心を癒し解放しますよね。こんな音楽に常に浸ってる音楽業界の人は、荒んだ気持ちになりようがないだろうなぁと一瞬思ったけれど、そうでないことは想像に難くないわけです。当事者ともなれば、常に技術を磨かなきゃとかライバルとか嫉妬とか仕事が来るかとか、様々な重圧と戦いながら音楽と接しているわけで、きっと私とは絶対に違う景色でこの同じ音楽を聴いていることでしょう。 一体どういう風景が見えているのかなぁ。こんなに美しい音楽の中で。 [2021.4.1 Y.Ohtaka] |
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9月 2023
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